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夏休み 坂道を歩いて景色のよい場所まで行った (仙丈ケ岳、甲斐駒ヶ岳、登山失敗)

8月13日
朝 パン 2.5単位
昼 ご飯、じゃがサラダ 7単位
夕 うどんと天丼のセット、焼きそば(買い食い) 不明

合計 不明

14日 仙丈ケ岳登山(失敗)
朝 たこ焼き 不明
昼 菓子パン 4単位
行動食 チョコ 4単位
夕 ご飯300g、げそ唐揚げ、アジフライ、茹で卵1個 不明

合計 不明

15日 甲斐駒ケ岳登山(失敗)
朝 うどん 2.5単位
昼 菓子パン 4単位
行動食 菓子 不明
夕 カレーライス、茹で卵1個 7単位
夜 オムスビ、ちらしずし、カキフライ、天ぷらうどん、17単位

合計 30.5単位?  (帰宅後体重96.3㎏)
 
16日
朝 チャーハン、味噌汁 不明
昼 チャーシュー丼 不明
夕 天ぷらうどん 不明

合計 不明


14日、15日と北沢峠にテント泊で山登りしてきた。
楽しかったけど、登山としては失敗だ。山頂までたどり着けなかったから・・・

14日は、前日の夜寝過して出発が遅れた。(アニメの録画予約をしていて遅れたともいう)
芦安を5時台に出るバスに乗るつもりだったが、到着したのが6時半頃。

北沢峠のテント場にテントを張って、登り始めたのが午前10時10分頃。
登りはそれなりに急げるのでコースタイムより少し早いくらいのスピードで歩いたんだけど、小仙丈岳という本当の山頂の手前にあるピークで力尽きた。

そこから続く尾根が仙丈ケ岳のメインで、8合目と9合目の間くらいまで行って 引き返した。
自分の歩く速度では、多分下山途中で日没になると思ったため。
下りが登りより時間がかかるなんて、異常だけど、しかたない。

景色は曇ってたけど、時々雲の合間から明日登る予定の甲斐駒ヶ岳が見えたりして、楽しかった。
南アルプスの山を堪能した・・・


15日 甲斐駒ヶ岳(仙水峠~駒津峰まで)

翌日は、午前2時半起床。隣のテントの人の野性的な寝息(いびきとも言う)で目が覚めた。
前日の様子から、山頂までは無理だと思ったけど、いけるところまで行こうと考えた。

帰りのバスは16時出発。16日日曜は仕事なので、何が何でもこの最終バスに乗らねばならない。
なので、4時半に出発した。コースタイムは7時間ちょっとの山である。最終バスまで11時間以上あるんだけどね・・・

日の出前なのでまだ薄暗い中をライトを点けて歩く。木の上のほうで、鳥たちが一斉に鳴き始める。綺麗な渓流を丸木橋で渡り、コケの蒸した如何にも南アルプスって感じの樹林帯を歩き、快晴の空の下、ゴロゴロした岩場を歩いて仙水峠へ。ここまで2時間近くかかった。コースタイムは1時間・・・

コースタイムの1.5倍までなら 何とか山頂にいけるかもしれないと思ってたけど、この場所で2時間もかかってはとても山頂は無理だと思った。峠から駒津峰まで樹林帯の中の急登。駒津峰着、8時半。
北沢峠からコースタイムだと2時間半。自分はここまで4時間・・・

のぼり区間だけだと、コースタイムの1.3倍だった。
戦意喪失してかなりのんびり登ってたんだけどね・・・

駒津峰でぼんやりと南アルプスの山々を見てきた。北岳から昨日登り損ねた仙丈まで綺麗に見えた。
いま登ってきた尾根を境に、山梨側は雲が湧き上がっていたけど、伊那側は雲一つなく晴れていた。

甲斐駒も白く大きく目の前に見えるんだけど・・・あんまりそっちのほうは見ないようにした。
8時半に駒津峰まで来ていて、なんで山頂を諦めるのか、山に登る人に言ったら不思議がるだろうな・・・

んで、鳥とか虫を見ながら なるべく時間をかけて下山する。テントまでたどり着いたときは、14時50分だった。


両日とも楽しかったはずだ。景色もよかった。天気も割とよかった。

なのに、あれだけ登って、足も痛いのに、山に行ったという気持ちになれない。
山頂まで行かないとやはり駄目なんだろう・・・
楽しかったはずなのに・・・

人生は山登りに似ているというけど、逆に言えば山登りは人生に似ているという事か?

山登りも人生も、どうも自分は詰めが甘い気がする。

そんなわけで、急な坂道を歩いて、景色のよい場所まで行っただけの夏休みでした。



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1月の神津島 天上山 ⑤天上山登山

黒島登山口。

登山届を出す真新しいポストと杖があった。
登山届のノートを見ると、今日はまだ誰も登っていないらしい。

誰も登っていないのなら、重たいリュックを登山道に置いて登っても、問題ないだろう・・・
登山道に入って少し行ったところで荷物を下ろした。


身軽になってさっさと登る。実に快適である。

10合目まで各約30m位の高度差で標柱が立っていて、そのたびにベンチがあった。

山頂部の大岩を左から抜けると、そこが広い山頂部へのとりつきで、10合目だった。476m。強風。
コース案内の看板と、標識がある。

表砂漠の方に歩き、そこから黒島展望山への分岐に入る。
左手に小高い山があって、どうもそれが黒島展望山らしい。少し登るけど、大したことない。

山頂に立つと、海が見える。
登山口から山頂部までの間も海は見えるので、そんなに感動はなかった

それよりも、とにかく風が強い。少し景色を眺めて、早々に立ち去る。

展望山から表砂漠へ行く道に戻るコースは、丈の低い草木の中に続く幅30cmくらいの細い道になっていた。
松の枝がコース上に出ていて転んだ。

なんか知らないが、おかしくて仕方なかった。コース上に正座して周囲を眺めまわしながら、へらへら笑ってた。

すげー楽しい♪


山頂部は基本的に低木や草で覆われているのだけど、ところどころにあるピークと、砂漠と言われる場所には植物が生えていない。道に白い砂が現れて、それがだんだん多くなって、歩くたびに足が砂にめり込むようになると そこが表砂漠だった。想像していた以上に砂が深く、広い。

ベンチとテーブルがあるので小休止。パンを食いながらテーブルの上に落ちている糞(ヒヨドリの糞?)を写真に撮るかどうか真剣に悩む。
糞に植物の種が混ざっているので、どうやらこれが天上山の豊かな植生の原因らしい。

カレーパンをかじりながら糞を真剣に観察してたら、上空に黒い雲が表れて霰が降り出した。

あわてて最高地点へ向かった。


山頂にある棒状の標識が見えて、何も考えられなくなって、ただただ急いでいた気がするけど、山頂まじかの事はよく覚えていない。
気が付いたら山頂に立っていた。


海が見えて、すぐ近くに新島や式根島が見えた。
「俺、ここへ来たかったんだよな・・・」って思った。
10年くらい前から、この山に登りたいって考えてた。
やっと来ることができた。


風が強い。立っているのも辛い。
写真をとってもと来た道へ戻ろうとして、もう一度山頂を振り返って、なんかしらないけど わあああああって気持ちになって、もう一度山頂に戻った。

とりあえず両手を揚げて、精いっぱいの大きい声で、ばんざいって叫んでみた。

すっきりした。


表砂漠に戻ると10人くらいの年輩の団体がいた。不動池の方に行くと、若いカップルがいた。新東京百景という展望地を過ぎ、裏砂漠へ。黒い雲が上空を覆って、また霰が降り始めた。急ぐ。

中途半端な高さの木々のトンネルを抜け、千代池(せんだいいけ)を見てオロシャの石塁を見る。まっすぐに立つことができない位、風が吹いていた。

10合目に戻る。ここが風の通り道だと理解した。普通に立って歩くことができなかった。
下り坂を体を前のめりにして歩くことはできないので、山頂の方を向いて四つん這いになって 足の方からソロソロと降りて行った。

15時下山。

# 1月の神津島 天上山 ③ 上陸

多幸湾三浦港は神津島の東側にある。


船着き場と待合所以外何もない・・・
迎えの車や人が、それほど広くない桟橋に散らばっているのが見えるだけで、それ以外は・・・



白い客船、
その向こうに惜しげもなく広がる青い海、
その青い海を抱え込むように立ち上がる巨大な崖、

そして青い空




素晴らしい!色々あるけど、何にもない!何も無いが沢山ある!

何だかよくわからないけど、素晴らしい!


と言う訳で、大島より先の島々には船がつくと警察官が来るしきたりになっているらしく、例によって警察官がいたので天上山への登山口まで行く道を聞いてみた。

自分「黒山口登山口へ行きたいのですが、どう行ったらいいのですか?」
警察官「うーん・・・どー言ったらいいのか・・・うまく説明できない。」

自分「・・・」
警察官「・・・」

自分「あ、じゃあ、キャンプ場は・・・」
警察官「あーそれなら、真っすぐ行って少し段になっているとこ、あの向こうがキャンプ場。」

まあ、警察官も季節外れの旅行者に道を教えるために 桟橋に来ている訳ではないのだろう。
観光地の警察官は、こういう質問には割と丁寧に教えてくれるものだと思ってたが・・・


初めて接触した島民とのファーストコンタクトはこんな感じでした。

なんでこんなことを わざわざ書いているかと言うと、今後数人あった島民との会話がだいたいこんな感じだったので・・・



神津島って観光地だと思ってたし、観光のための施設もきちんとあるし、誰がどう見ても観光地なんだけど、どうやら島民は自らが観光地に住んでいるという自覚があまりないような感じがした。


何が言いたいかと言うと、島民の生活と言うか経済基盤が、観光に依拠してないのではないか?ということ。
単に、観光シーズンではないというだけかもしれないが・・・




警察官に教わった通り、桟橋を真っすぐ行き、階段を上る。すぐに左に折れて車道に合流。合流したところに案内板があった。車道を右に進むとキャンプ場と天上山に行くらしい。


登山用の底の固い靴で、テント泊装備の重いリュックを背負って車道を歩くのって、結構きつい・・・

歩き始めてすぐに都立多幸湾キャンプ場があった。んで年末年始休業と。
休みの日に開けないキャンプ場って・・・

ザ、お役所仕事w

でも、これがまたいいんだ・・・ 
このマイペースっぷりというか、旅行者を放っておいてくれるとこが 実にいい・・・


多幸湾キャンプ場が開いていたら そこにリュックを置いて、身軽になって天上山に登ってこようと思ってたが、無理でした。ご丁寧にキャンプ場の入り口にロープまで張ってある。

旅行先のハイテンションで無暗にポジティブになっているんだけど、荷が重いことに変わりない。
車が結構通る道をよたよた歩いてたら、すぐ横に軽自動車が止まった。

運転手のおばさん「どこまでいくの?」
自分「あ、天上山です・・・」

乗せてくれるのかと思ったよ・・・
親切な人がいて、正直助かった・・・って思ってたら


おばさん「なら すぐそこだね。」

と言って行ってしまった。

# 1月の神津島 天上山 ② たいへいよう

出航後少ししてレインボーブリッジをくぐる。
なるほど、電飾がレインボーだ・・・わかりやすい。

海面の黒と夜空の間に 陸地の光が帯状に延びている。
なるほど、人間は天と地の隙間に生きているんだな・・・

地球を大きな豆と考えると、人間はそのうえで繁殖する発光微生物みたいな感じか。

船員が外に出るドアーを閉め始めたので、株主優待で片道4490円の2等船室に戻った。毛布1枚100円で借りた。
その場で毛布と引き換えに現金を払う。船員がいちいちポケットに小銭を突っ込む姿が印象的だった。


消灯時間になって暗くなったので、寝た。

船旅の心細さと、無事に帰りの船に乗れるかって不安と、あこがれの天上山に行ける期待とで、得体のしれない興奮をしてたんだけど、いつのまにか寝たらしい。

背中で何か大きな「のの字」を書くような気がして目が覚める。

船内放送が大島に着くことを放送した。利島(としま)には行かないらしい。電気がついて下船客が降りて出航すると、また消灯。寝る。


海上から登る日の出を見る事も忘れるくらい熟睡したらしい。気が付いたら太平洋の上だった。

高松に4年住んでいたので瀬戸内の島々を見る機会は何度もあったんだけど、全然違う・・・

島がでかい。んで海が青黒い。波がでかい。海がずうううーーーっと向こうまで広がっているし・・・
5000t近い船が揺れる・・・

太平洋、すげええ・・・

馬鹿でかい波の上を強い風が吹いて、波のてっぺんが白い飛沫になって吹き飛んでいく。
船が出す波と、向こうから来る波がぶつかって、時々バカでかい飛沫をあげて、その飛沫がデッキまであがってくる。

顔にかかった飛沫を舐めてみたら、塩辛かった。

・・・俺、太平洋の海水でご飯3杯は食えるわ。



船室で乗船前にローソンで買った おこわとか食べたけど、なんとなくレストランに行ってみたかったので行った。

1番安いメニューがトーストだったので(500円、バター、ジャム、オレンジジュースorコーヒー付き)購入。
電車に乗った小学生が外を眺めるような感じで座りながら モーニングとしゃれこんでみた。実に優雅だ。

平たい式根島を過ぎ、また波が荒くなって小1時間、神津島に近づく。
このあたりが一番船が揺れた。

多幸湾(たこうわん)に入ると急に海が穏やかになった。

いくつかの小島を過ぎ、いよいよ神津島が近くなった。
真っ青な空、青い海、天上山のてっぺんから海まで続く巨大な崩落・・・

あれに登るのかって考えた。

・・・正直めんどくさい

なんかこのまま乗ってきた船で帰っても、十分満足な気がする・・・


「ここまで来たんだ、まあ、あきらめて登ってこいや」って感じで入港の汽笛が2回鳴って、多幸湾三浦港に入港した。

1月の神津島 天上山 ① 東海汽船

31日午後22時発の大型客船さるびあ丸を予約していたんだけど、猛烈な低気圧で欠航になった。午後5時半ころ東海汽船から欠航の電話がある。その場で予約の変更。

変更前の予定では
12月31日夜発、1月1日神津島着 天上山に登り夜テント泊、2日東海汽船で大島に行き三原山登山、テント泊 3日帰京予定だった。

変更後
1日夜 竹芝出発 2日神津島着 天上山 3日神津島発 帰京。


天上山はどうしても行ってみたかった山で、十数年前から計画を立てていたんだけど、まとまった休みが取れないのでなかなか行けなかった。

船の欠航を考えて最低でも予備日を1日とる必要があるのと、船の予約が必要なため、思いついて急に出かけるという事が出来ないのが 足を遠ざける原因だった。
今年は曜日の関係から、仕事始めが1月5日になったので計画を早い段階で立てられた。11月中にオークションで運賃が35%引きになる株主優待も買った。

30日の夜、都心方面への年内最後の配送後、竹芝に行ってみた。
これから乗船するらしい旅行者の群れを眺めながら 「明日になったら自分もあの群れの中に入るんだな」って思ってたら、いきなり欠航・・・


そういう訳で、31日はのんびり請求書など作り、元旦は実家で甥っことUNOなどして負けながら過ごした。

中学2年の甥が未だ 「二つ名」をつけてないのだそうで厳重に注意する。黒歴史は中学までに作っておくべきものである。そういう影の部分と言うか、人に知られてはいけない過去が、将来 影のあるかっこいい大人の男を作るのだ。

お年玉を取られた腹いせと、UNOで負けた腹いせに伯父の威厳で説教をしてみたが、ニヤニヤするばかりでまじめに聞いてないようだった。背比べしてみたら、身長は自分の方が高いのに、足は甥の方が長かった。何を食ったらこうなるんだろうか妹に聞いたけど、知らないそうだ。義弟の方の遺伝か。

小6の弟の方にはUNOで勝ったので 可能な限り大袈裟に勝ちを強調して彼が悔しがるのを確認してから出発した。


21時少し過ぎ、浜松町着。近くのローソンでサンドイッチなど買う。浜松町はコミケの時、駅横の駐車場を良く利用したので何度も来ている。コミケの時は ゆりかもめの竹芝駅まで何か後ろめたい気分で歩くのだけど、同じ道なのに今日は実に晴れやかな気分だった。

21時20ころ竹芝桟橋に着。窓口で予約番号を伝え株主優待を2枚渡して、往復の切符2枚買った。2等和室で片道4490円(35%割引後)。

ターミナルを出て左の方に進むと さるびあ丸と書かれた看板と大島、神津島方面の看板がある。欠航の翌日なので2日分の客を積むはずなんだけど、それほど混んでいない。元旦に出発する人は少ないんだろうね・・・
30分くらい前には乗船できると思ってたんだけど、なかなか船に乗せてくれない。やうやく係員が来て、列を1列になるよう呼びかけてから乗船開始となった。

飛行機のタラップみたいなのを通って、船員にチケットを切ってもらい乗船。

さて船内である。AからEまでデッキがあり、下に行くほど安い船室になります。Cデッキが水線の部分にあたり、竹芝を除くと全ての島の上下船はこのCデッキからと言う事になる。案内所もCにある。

自分の2等和室は最下層のE。Dは2等椅子席で料金は2等和室と同じだけど、1つ上の階になる。どちらも船が水に沈んでいる部分にあるので、窓はない。

太平洋の水中を通っての船旅と言う事になるのか・・・
潜水艦みたいでかっこいい・・・気がする。

和室には絨毯が敷いてある。そこに銀色のガムテみたいなので1人分ずつ区画が区切ってあって、黒い枕が1個。番号が書いてある。船は完全予約制なので、自分のスペースと言うのが決まっていて、いわゆる自由席と言うものはないようだ。


枕元に番号の書かれた人一人分の区画っていうと、何か死体置き場を連想するけど、そういう発想は安い乗船券を買った者の負け惜しみであって、室内は暖かいし明るいし、何よりそこらにいる乗客がまだ生きているから全然そういう感じはしません。


等級の違うの船室には入れないけど、デッキの移動は自由なので、荷物を置いて上の方のデッキに移動してみた。

出港5分前、船内放送で銅鑼の音が流れ、しばらくして離岸。


さるびあ丸 4992t 定員1844人 最大速度20ノット






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satokimadara

Author:satokimadara
おじさまです。タイトルを地味に変えました。食事制限をメインにしたダイエットブログのつもりです。

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